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ライブラリ

在籍女性とスタッフたちの愛読書、映画などをご紹介いたします。

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ハンス・ベルメール
ポーランド出身の画家、グラフィックデザイナー、写真家、人形作家

 美しい肉が、ただそこにある。
肉は柔らかさや固さ、へこみや膨らみを伴って、徐々に魂を宿してゆく。時に視線や温度、感情を与えられ、時に衣類や家具などの「意味」が加えられ、あるいは取り除かれ、肉はついに物語を得る。だからベルメールの作品から、我々は生と死をイメージする。
 私がベルメールを愛してやまないのは、生と死の、心と肉体の、絶対的な同一性と矛盾を、痛みを伴って感じさせてくれるからだ。
身体とはただ肉体であり、魂は別の場所にあること。
肉体は魂の容れ物に過ぎないこと。
心と身体はひとつであること。
肉体こそが、存在を証明し、表現する外界との境界線であること。
by R

オートバイ
A.ピエール・ド・マンディアルグ著
生田耕作訳
白水uブックス

 朝早くに夫の眠るベッドから裸で滑り出し、小さな下着1つと黒革のレーサー服だけを身につけ、国境の向こうにいる恋人の元へと飛び出すレベッカ。瑞々しくしなやかな弾性を備えた彼女は、絶対的な君臨者からの完全な支配を求め、贈られた雄々しいバイクを操り、焦がれる気持ちを高ぶらせながら疾走する。
 道すがら彼女が思い描くイメージの連鎖は、男性目線の、五感すべてを刺激する描写に彩られ、見たことのない硬質な情景をもデジャヴのように想起させる。そして、鋼のような恋人に屈服する心地よさを求める気持ちは、いつもおあずけにあったようにはぐらかされ、渇えた者の焦燥感にすり替えられてしまう。
 かつて恋人に縛られ、薔薇の束で打たれ、無数の棘で体を傷つけられた彼女の目に一瞬映った、彼女よりもっと深く傷を負った恋人の手のイメージが、刹那的な激しさの象徴として胸に残る。きっとどんな終末をも、眉一つ動かさずに彼女たちは受け入れるのだろう。by M

刺青・秘密【少年】
痴人の愛
谷崎 潤一郎 著
新潮文庫

 谷崎の作品に初めて触れたのは、学生の頃教材で読んだ「陰影礼賛」だった。
 仄暗い行灯の明かりの中でうっすらとぬめり光る漆器の美しさ。そこに光と影が作り出す幽玄のエロティシズムがあることを知ったのは随分後になってからのことだが、少なくとも谷崎に出会わなければ、当時の私は日本語がこれほど美しい言語だと知る由もなかっただろうと思う。言葉の美しさに心奪われ、さらに谷崎を読み進めた私の遍歴は、その後「刺青」「少年」「痴人の愛」と続いてゆく。
 かつて支配した者が結果支配されるという谷崎作品の構図は、表裏一体の真理と力を得た美しき者の絶対性とを私に教えた。
 入れ代わり立ち代わりし続ける、支配者と服従者の関係性。男と女も然り、SとMも然り。身近なところでは飼っている猫のことを思う。「飼っている」にも関わらず、彼女たちのために奴隷同然にかしずいているのはこの私なのだから。by R

昼顔
ケッセル著
堀口大學訳
新潮文庫

 眩しいほど健康で健全な、上流階級の若い女性の秘密の名前、昼顔。
 明るくかすみ一つない生活、非の打ち所のない愛する夫、一見輝かしい人生を謳歌しているような彼女は、あらがえない強い欲望に引きずられ、娼館でこの名前で呼ばれるようになります。労働者階級の粗野な男性相手の、自分の存在を無視される野生的な行為にしか感じられない、倒錯した快楽。得難いがために、彼女はそれに強烈に支配され、破滅へと向かって加速度的に大胆になり、賢明さを失い、滑り落ちて行く…。
 決して明るい気持ちで読める作品ではありませんが、文中にちりばめられた胸をえぐる鋭い表現すら、序々に快感へと変わっていきます。それは、心の奥にある破滅への密かな憧れを刺激するからでしょうか。彼女が最後に背負うことになる十字架は、きっと恐ろしく重く、痛みを伴うものだけれど、決定的に変わった夫との関係は、より強く彼女の心を満たし続けるのかもしれません。by M

香水―ある人殺しの物語
パトリック・ジュースキント著
池内 紀訳
文春文庫

 間接的でありながら、視覚や聴覚よりもずっと強烈に記憶を呼び起こす、抗いがたい感覚。それは嗅覚だ。幼い頃の思い出、特別な場所の空気、恋人の声の温度や吐息の湿度さえ、「匂い」は本人の意思を問わず、過去の現実をより色鮮やかに蘇らせる。
 しかし、本書から立ち昇る匂いはそんな甘いものではない。劣悪な衛生状態にあった18世紀パリを舞台に、文字通り筆舌に尽くしがたい(いや筆舌に尽くしているのが本書の凄いところなのだが)ほどの悪臭がほとんど全てのページ、行間に至るまで充満している。 魚や家畜の臓物の匂い、それらをセーヌ川に投げ込む人々の体臭。口臭、死 臭、腐った食べ物の匂い。物語は、その中にあって一人の少女が放つ、至高の香りに魅せられた男の狂気の運命を綴ってゆく。あらゆる匂いを自在に操れたなら、人はどこまで人を支配することが出来るのだろうか。私は雨が降る前の匂いが好きだ。湿気を含んだアスファルトに、ほんの少し草いきれが混ざったような、生温かい匂い。
 あなたが魅せられる匂いは、何ですか? by R